ChatGPTのような生成AIが登場して、注目を集めています。
生成AIの機能は大したものです。
ひと昔前は、コンピューターに英文を翻訳させても、いまいちで、手直しする必要がありましたが、
生成AIでは、まず、翻訳したものを手直しする必要はありません。
そのうち、完璧な自動翻訳機が登場して、通訳も不要になるかも知れません。
文章を要約するのも瞬時に行います。また、書いた文章の校正までしてくれます。
ブログの記事だって自動で作成してくれたりします。
(この記事は生成AIを使用していません。予め。)

さて、こうなると、
生成AIがあれば、英語の勉強なんて要らないのでは?
生成AIがあれば、国語の授業なんて要らないのでは?
と言ってくる生徒も登場してくるでしょう。
だからでしょうか、児童に生成AIへの質問の仕方を教えている学校もあるそうです。
一昔前には、
「電卓があるのだから、算数の計算練習なんて必要ない。」
といって、算数から計算練習の時間が減らされましたね。
さて、このような時、学校の先生は、どう答えたらいいのでしょう。
なら、勉強しなくてよろしい。
自分が勉強したくなったら、その時、タブレットで勉強すればよろしい。
と言って、放っておいてしまうのでしょうか?
私は、
「勉強の目的とは、抽象化する思考力を養うこと。」
と考えています。
その思考力を養うためには、
・算数の計算練習をする。
・文法を考えて、英文を作成する。
・難解な長文を要約する。
といった学習が、とても効果的だと考えています。
「抽象化する思考力」は何のことを言っているかというと、
「具体的な事象の中から共通項や法則を見つけ出して、汎用化すること。」
と言えると思います。
この「抽象化する思考力」があるからこそ、
科学による法則の発見、発明が可能となります。
量子力学のようなミクロの領域を考察する学問では、量子は全く目に見えませんし、その存在すら確定できません。
法則を証明するにも、このようなものを相手にします。ここでは、この思考力が欠かせません。

そうなると、
僕はわたしは、科学者になるのではないから、抽象化する思考力なんて必要ない。
と考える生徒も現れるでしょう。
そうではないのです。
この「抽象化する思考力」は、生きていく上でとても重要なものなのです。
日々の作業の繰り返しの中から、「こうしたらもっと効率が良くなるのでは?」「上手にできるようになるのでは?」「作業が楽になるのでは?」と考えるのは、この抽象化する思考力によるものです。
「抽象化する思考力」があるからこそ、この様な作業から法則性・汎用性を発見して、より良い改善のために工夫を行っていくことができます。
日々の生活の中で、生活をより良くするために作業を改善して行く。
そのためには、「抽象化する思考力」が不可欠です。
また、日々の作業の観察の中から、「このような場合は危険かも知れない?」「このような悪い状況が連続して起こるのは、何か原因があるのかも知れない?」「このような場所は回避した方が良いかも知れない?」と考えるのも、この抽象化する思考力によるものです。
つまり、危険を予測してそれを回避するにも、「抽象化する思考力」が不可欠だと思います。
極端に言えば、
この「抽象化する思考力」を身に着けている人ほど、日々の生活を豊かにすることができる。
と言えると思います。
子供たちには、この「抽象化する思考力」を身に着けて欲しい。
そのために、授業でしっかりと学習して考えて、頭脳を鍛えて欲しい。
と願っています。

では、何故、
・算数の計算練習をする。
・文法を考えて、英文を作成する。
・難解な長文を要約する。
のような学習が、「抽象化する思考力」を身に着けることにつながるのか?
それについては、後日、記載したいと思います。
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