LINEの会話は性善説で行うもの???

学校の先生から聞いた話ですが、

「今の子供たちは、小学校のころからLINEで会話している。」
「LINEで会話すると、受け取りようによっては、相手の言っていることを悪く捉えてしまう場合がある。」
「この悪く捉えることで、仲間はずれになったり、いじめが起きたりする。」
「そのため、子供たちは、LINEでの相手の会話は性善説で、善意で受け取るようにしている。」
「これは、子供たちがLINEでの会話を通して、獲得した知恵だ。」
「今の子供たち、皆、この様な訓練を経て来ている。」

学校や学習塾の先生にお聞きしたいです。
本当ですか???

「そのようなことは無い。」という答えを期待しますが、子供でなくても大人でも、なんとなく的を得ている気もしますので、ここではこの前提で記載したいと思います。

会話をする目的とは何でしょうか。

自分の考えを相手に正確に伝えること。

が一番の目的だと思います。
この目的のために、表現を工夫します。言い方を変えます。
会話をしている相手が自分の言っていることを理解しているのかを、よく知ろうとします。相手の反応を見て観察して、理解していない様子なら表現を変えます。相手の前提知識やそれによる理解度に合わせて、前提知識から話したり具体例を提示したりします。

ここで、自分勝手な思い込みをして、相手が『自分の言っていることを理解している』と勝手に勘違いしていると、相手が自分の考えが解っていないとなった時に、

なんだ、まるで解っていないじゃないか!!

となります。
親が子供に話すときに、一番注意すべきものです。何しろ、子供は親の前提知識は持ち合わせていません。

先ほどの、「相手は性善説で受け取ってくれている」という思い込みはどうでしょうか。
「自分の言っていることを、相手は正しく理解してくれている。」
これを前提とした会話になります。自分勝手に相手の理解度を想像して思い込んでしまう。
これでは、自分の考えを相手に正確に伝えようとする努力をしなくなります。
つまり、表現力が育たないのではないでしょうか。

最近は、恋人どおしでも、カフェで会ってお茶を飲んでいるのに、「会話はLINEで」なんてことがあると聞いたような。子供たちが「友達とよく会話した」というので聞いてみると、「LINEで会話したよ」なんてことがあります。

さて、学校の先生でしたら、面談を行うことも多いと思います。生徒との二者面談、親を交えての三者面談。大変に疲れると聞いています。普段の授業の何倍も疲れる。「この時期は本当に大変だ。」
面談は、直接生徒や親と会って話をします。そして生徒や親から話を聞きだします。生徒や親から話題が提供されない場合は、それを引き出そうとします。また、先生は、生徒の学校の様子を親に伝え、家庭学習や家庭教育への要望を伝えます。生活指導や性格指導を行う場合もあります。

この場合、生徒や親の考えを充分に理解しようと努めます。また、こちらの話していることが、正確に生徒や親に伝わっているかを、理解しようと努めます。耳だけでなく視線や態度、全身のしぐさから相手の考えを受け取ったり、こちらの言っていることが解ってもらえているかを、判断しようとします。そして、こちらの考えが正確に伝わっていない様子なら、表現を変えたり具体例を示しながら話を進めていきます。

正直疲れます。何故こんなに疲れるのでしょうか。この時、脳の前頭葉の部分が活性化します。最近では、脳の活動を測定する機器が高度になり、日常生活を行いながら脳の活動を調べることが可能になりました。人が人と会って話したり、共同で作業を行ったりしていると、脳の前頭葉が活性化することが計測されます。だから疲れます。脳はフル活動しているのです。

ところが、オンライン会話だと、この前頭葉が活性化しない。直接会って話す場合よりも活性化しないそうです。

私たちも、コロナ禍の影響でオンライン会議を行います。その場で発言します。会議の間は何となく全員が理解したような形で進みます。そして、何事も無かったように会議が終了します。正直、対面の会議より全然疲れません。ところが、後で聞いてみると、全く理解されていなかったことが多々あります。

自分が発言する際は、相手が理解しているのかが判りません。画面上に、参加者の顔がリアルタイムで映し出されたとしても、発言中は、そんなものを見ていません。また、大概のオンライン会議は、参加者の顔写真かアバターが表示され、相手が聞いているのかすら判りません。
「自分の言っていることを、相手は正しく理解してくれている。」
これを前提として話しています。

また、本当に不思議なくらい、オンライン会議では口論になりません。
対面の打ち合わせだと、エキサイトしたり声が大きくなったりしますが、オンライン会議ではそんなことは起きません。淡々と進みます。ましてや、怒鳴り合ったりなど皆無です。

「会話」は読んで字のごとく、「人と会って話すこと」。
LINEやTeamsのようなチャットでの会話は、人と会って話してはいないので、本来の意味での会話では無いのかも知れません。
少なくとも、脳科学的には前頭葉が活性化しないので、人と人が会って、耳だけでなく視線や態度、全身のしぐさから相手を理解しようとして行っている会話とは、程遠いものです。相手のことを理解しているようで、実は本当のところで理解していないということが起こります。

直接会っていないのですから、片手間でも返信できますし、オンラインゲームをしながらでも返信できます。
相手が、自分の言っていることを解ってくれていると、勝手に想像して思い込んでいます。
そして、相手が自分の考えを理解していると思っていたのに、実は、そうではなかったと知って、口論になります。

そして、チャットでの会話では文章を書いているようで推敲していません。見返しもほとんどしません。ましてや、章構成を考えて論理を展開してなどと言うことは皆無です。

チャットは、言葉のリレーなんだから、当然だろ。

という声が聞こえてきそうです。
そうですね。では、本来の文章の表現力は、どのようにして身に着けますか。
子供たちが、このような自分勝手な思い込みをし、このようなコミュニケーションを続けることで、
本来の文章のあり方、

自分の考えを相手に正確に伝える。

つまり、文章表現力が低下することを危惧しています。

LINEは確かに便利です。
ですが、子供たちの学力向上のためには、マイナス面もあると思います。これについては、持論を持っている方がおられるようなので、そちらに譲ります。

「自分の言っていることを、相手は正しく理解してくれている。」と勝手に思い込んで、相手が理解していないと判った途端にキレてしまう、ことが無いように。
性善説で相手の言っていることを聞いて、相手を信用してしまい騙されることが無いように。

今の日本人が全て善人ばかりでしたら、性善説も成り立つと思いますが、現実はそうでは無いでしょう。
性善説を前提としたコミュニケーションを続けることは、それだけの危険性があるということを持論として、終わりたいと思います。

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